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▼きょう11月30日、『毎日』の「発信箱」の書き出しは「わが国は、まぎれもなく軍事費大国である」。防衛庁が防衛省に格上げされ、自民党の憲法草案で自衛隊は自衛軍にすると明記、憲法を書き換えよの声もある、と編集局の広岩近広氏はつづける。そして、自衛隊は政治の制約を受け政治の指示に従うべき文民統制下にあるのだから、田母神俊雄氏が航空幕僚長の地位にあるまま政府見解と異なる発言を懸賞論文で公表したことは、かつての大日本帝国軍隊の暴走を想起させる。応募総数の約40%が自衛官であったことからも、「論文クーデター」の疑念がぬぐいきれない、こう広岩氏は書く。わたしも同感だ。 なぜ、「軍事大国である」と言い切るか、「軍事大国への成熟途上にある」とか言わないのか。「軍事費大国」は「軍事大国」とどう違うのか、釈然としないのが残念だ。 「米軍再編」とは、つまり日米共同作戦態勢の強化だと私は理解するのだが、そして、解釈改憲では限界に達したから、もう明文改憲の道しかない、とりわけ第9条が日米同盟強化にとっての障碍だから、できるだけ早く書き換えよ、とアーミテージ国務副長官などが公言してきた、というのは周知のことなのだから、さらに言えば、アメリカのアフガニスタンやイラクへの無法で残虐な戦争と占領に自衛隊を派遣することで武力介入しているのだから、わたしたちの国日本は、すでに「軍事大国」なのだ。 ▼きょうの「社説」は、大義のない戦争を遂行する「米国に追随した日本の責任は重い」と書き、 「空自の輸送活動は戦闘行為と密接な関係にあった」と断じ、4月の名古屋高裁の違憲判断に言及し、輸送には「武装兵や武器・弾薬が含まれていたのか」など「具体的な活動内容を国会を通じて国民に明らかにすべきである」とは書くが、日本政府の「責任」を激しく追及する気魄はない。「16・9億ドルの無償資金協力」や「最大35億ドルの遠借款による支援」など、「日本の貢献実績は他国に比べて特筆すべきものであろう」と、憲法9条違反を免罪するような感の論説だ。 殺傷・破壊・混乱を支援しておいて、人命の補償なしでインフラ整備に多額の資金提供することを「貢献」と考える退廃的徳性は、やりきれない、加害者側の恐るべき精神の荒廃。 ▼明日12月1日。71年前、1937年(昭和12)のこの日、東京帝国大学教授・矢内原忠雄が辞表を提出、4日に辞任。毎日新聞社発行の『1億人の昭和史』第15巻「写真年表」は「反戦筆禍事件」と記している。 この年の9月号の『中央公論』誌に論文「国家の理想」を発表、満州事変から日中戦争へと展開する現実を前に、国家の理想は正義と平和である、戦争という暴力によって弱者を虐げる政策は滅びに至る道だと論じた。さらに、無教会キリスト者藤井武(1930年死去)の記念講演「神の国」において、理想を失った日本の国は一度葬って新たに出直さねば救われないと述べた。これらが反戦論、祖国呪詛思想、植民地放棄論だとして、軍国主義者や右翼の簑田胸喜らの攻撃を受け、東京帝大経済学部長土方成美より大学教授たるの適格性を問う爆弾提案となり、辞任。『日本歴史大事典』(小学館・2001年)に武田清子氏が、このように叙述している。 敗戦の年11月に東大経済学部に復帰、51〜57年東大総長。学問と大学の自由を守り、敗戦国日本のキリスト教による新生復興に言論、著書を通して貢献するところ大であった。と、これも武田清子氏の記述。 ▼田母神俊雄氏を自衛隊のシヴィリアン・コントロールからの逸脱としてだけ批判するのは甘いのだ。彼の背後の軍国主義者の国会議員やマスメディアが「戦後レジームからの脱却」や「自虐史観」や憲法を攻撃する今日、矢内原忠雄教授が蒙った災厄が再現するおそれがあるのだ。 2008/11/30 須田 稔 |
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